モロヘイヤを柔らかくゆでて、すり鉢ですりつぶす。トロトロになったのを網で裏ごしして、少量のだし汁でのばす。
卵を固ゆでにして、黄身だけを取り出して、すり鉢ですりつぶす。これをまた少量の野菜スープでのばす。
鶏のささ身を電子レンジにかけてすり鉢で…
私が毎日山のようにやっている作業である。(すり鉢がやたら登場する)それもこれもまりんの離乳食作りである。ものすごく手間がかかり辛気臭く、できたものの見かけも不気味である。しかし、小さい頃から多くのの食品を食べないと偏食がはげしくなるのだという。ホントかなー。
とにかく、まりんはペースト状のものしか食べられないのだ。何故かというと歯がないから。
口も鼻も手も足も大きさ以外は大人とかわらないというのに、歯ぐきからは一本の歯も出ていない。歯のない歯茎を見るたびすこーしだけ気持ち悪くなる。
はじめて食べるものの美味い不味いはどうやって判断しているんだろう。レバーペーストをバクバク食ったり、豆腐を吐き出したりしているまりんを見るたび、疑問に思う。風味か、のどごしか、それともまだ今の好き嫌いは大人になった時の嗜好とは関係ないのだろうか。
離乳食のクッキングブックをひらくと、「りんご入りおかゆ」とか「白身魚のフルーツがけ」とか、気持ち悪くて絶対大人は口にできないものが並んでいる。ホントにこれが赤ちゃんだと食べられるのだろうか。なんか不安で、作るときは「ほうれん草入りおかゆ」とか「白身魚のホワイトソースがけ」というふうに大人的献立にしてしまうのだが、それで本当にいいのだろうか。謎はつきない。
自分で作るのが面倒な人のために、薬局には大量のベビーフードが置いてある。瓶詰めのものだけではない。レトルトパック、粉末、フリーズドライ、ソース類など、種類は数百にのぼる。毎日食うものを薬局で買うのは何か不自然かつ不経済な気がするが、これは赤ちゃんにとって一種のコンビニ弁当なんである。ビン入りが弁当、フリーズドライがカップ麺といった感じであろうか。
ant-eat-ant world
May 28, 2003
梅酒を漬ける季節がやってきた。前にdragonが飲んだという、メチャクチャに美味い梅酒の話を聞くため電話する。外で飲んだり食ったりしたものを自宅で再現するのはただでさえ難しいのに、自分ではなく友人が飲んだものを再現するとなると至難の業である。が、とりあえずポイントを聞き出し、まりんと一緒に梅の実や氷砂糖の買い出しに出る。
ひさしぶりに天気がいい。近所の公園まで行き、芝生の木陰に寝転がって、まりんを腹の上に乗せて遊ばせてやる。いつからか日焼けというものも全然気にならなくなったなあ。
木陰に横になってると、いつもこの時間仕事していた時のことが遠い昔のように思い出される。仕事に復帰したい気持ちは強いのだが、こうしていられる時間が奇跡のように思えてくる。
「帰らなくてもいいかなー」てなことを漠然と考えたりもする。
公園からの帰り道、酒屋やスーパーを回り、なんとか必要なものを揃える。すごい重いしお金も思ったよりかかった。でも、これが一ヶ月か二ヶ月後には美味い梅酒になるのだ。今から待ち遠しい。(梅酒の内容については、成功を確認してから公表する予定にしています)
May 26, 2003
友人のdragonが数年前主張していたのだが、(正確には彼女が読んだ本に書いてあったらしい)スチュワーデスは「NRT」とか「KIX」とか、アルファベット3文字のジャーゴンで会話することが多いため、普段でも行き先は3文字で語ることが多く「今晩『天狗』に飲みに行こうか」
というのも
「TNG行かない?」
と言うそうだ。
ここで誰しも、
「スチュワーデスが天狗 で飲むかー?」
と疑問に思うかもしれない。
だが、「飲まない(この話は嘘である)」とも言い切れない ではないか。
意外とと日本的で人気があるのかも知れないし、頭ごなしに疑ってはいけない。
というわけで、バリエーションとして
「買い物はDKH(ドン・キホーテ)にする? それともOLP(オリンピック OMP? OPC?)?」
とショッピングや
「お昼YNY(吉野家)で食べる? それともMTY(松屋)にする?」
ランチに誘いあったりしていることが予想される。
「北の家族」はKKZなのかKNKなのか、「つぼ八」はTBHなのかTB8なのか謎はつきないが、スチュワーデスの友人がいない以上真相は薮の中である。
「おじいちゃんのSSK(葬式)の後KSJ(火葬場)に骨を拾いに行った」とか無限にバリエーションは考えられるなあ。
ダンナがビデオを借りたら、大きな箱を粗品としてもらったそうだ。中を見るとウイスキーのミニボトルが3本と、「女性バーテンダーが薦めるウイスキーの楽しみ方」というビデオ。なんか粗品にしては景気がいい。ウイスキーは普段飲まないけど(私は焼酎派)、女性が薦める楽しみ方というのも何か新しい提案がありそう。つーか微妙にエロっぽい。
「楽しみ方っていうとわかめ酒 とかね」
と私が言ってダンナを激怒させる。
「いつもながらあんたの言うことはいちいちスポーツ新聞のエロ記事なみにオヤジだよ。なんて下品な女だ」
まずそんな下品な女と結婚した己の不明を恥じるべきであろう。
May 23, 2003
誰も言ってないような気がするけど、いったいvacuum recordsってどうなったの?
上記ページに行くとわかりますが、全国のstoresは全て閉店、オンラインショップもずっと工事中(というか営業中断)、PLAYMOBIL FANCLUBもデッドリンク、とすべてきれいに消滅している。トップページが残ってるのが不思議なぐらいだ。
こんな短い期間にいったい何があったの??
「今思えばPLAYMOBIL FANCLUBってのも怪しかったよ」とダンナは言う。
そうなんかなー。会費っていってもそんな高額じゃなかったしバッジももらえたから特典が消滅しても腹はたたないけど、どうなってしまったのか知りたい気はする。
思えば私が大阪時代、ヴァキュームが天王寺のアポロにあった時代からの付合いだった。コーネリアス(だっけ? 違ったかも)モデルのレコードプレーヤーを作りはじめた時からオモチャ屋色を強め、西心斎橋に移転した時には店からレコードが消えていた。東京に出店してからのstoresは結構雑誌なんかでも紹介されていたものだ。そして、私が妊娠したり出産したりバタバタしてる間にすべてが綺麗さっぱりなくなっていた。おもえば、突然レゴのオンリーショップになると言い出したり、一年もしないうちにそれがPLAYMOBILショップになったりしたのも何かがあったからなのかなー、と勘ぐりたくなる。
まだ営業してる店はあるの? オンラインショップは再開されるの? そして次は(次があるとすれば) 何屋になるの?
May 22, 2003
Scotch Bright、HOHOBUKURO経由で知ったBlogger(Weblog運営者)への100の質問だが、これがあれば何も苦労して「ねえさん達への100…」とか答えなくてよかったなあ、と。でも今更作り直すのも面倒だしね。
何であんなもの(「ねえさん達…」)を作ったかというと、私は骨身に染みて「自己紹介の大変さ」というものを感じているからだ。
「えー、全然そんなの大変じゃないよ」と即答する人は「自分」というものがよくわかっているのだろう。
私もたとえば会社内の会議で自己紹介するのに悩んだりしない。「●●年入社です。××部門で□□を担当しています」でオッケーだろう。
Playmobilコレクター同士で自己紹介するのなら「収集歴何年で好きなシリーズは◆◆です」ですむ。だが、不特定多数を前にして自分がどんな人間であるか要領良く説明する、となると極端に難しくなる。
「お気楽主婦のホームページです」「映画大好きOL△△子のサイトです」などと簡単に自分のページを開設できる人は、ものすごく明快に自分の中から「お気楽主婦」以外の部分や「映画OL」以外の部分を切り捨てているわけだ。でも、私は自分自身をそういうふうに切り捨ててまとめられるほど自分のことが分かっているわけではない。
いや、ホントのことをいうと私は自分のことがわかっている。分かっているから逆に的確に伝えにくいのだ。そして私は「お気楽主婦」のページを見ても、「お気楽主婦」ではない、切り捨てられた部分にばかり目がいってしまう。たぶんその部分、好んで書かれはしない部分にこそ作者の本質でありどうしても譲れない一線が隠れているという風に思えるからだ。そういう意味で「自己紹介は見ない」と言う人は個人サイトというものが分かっているのだろうと思う。
人間は「漏れてしまう生き物」だと思う。言い換えると、「見せたいと思っている以上のものを常に見られてしまう生き物」だ。私がどう自分を定義しても(「新米ママの育児奮戦記」「実務翻訳日記」「B級ニュースファンの部屋」)必ずそこからかなりの部分がこぼれ落ちてしまう。
それならば、「どう見せたいか」など全く意識せずにただ反射のように質問に答えていったほうがまだマシかもしれない。読み手は好きなように解釈すればいいのだ。
と思って答えてみたけど、作るだけ作っても実感はない。読んで面白いとも思えないし、ちゃんと自己紹介になってるとも思えない。ただ100問(「旅人…」も合わせると200問も!)ものボリュームがあるので読んだ気にはなるだろう。
ホントのことを言えばこのant-eat-ant worldというblog全体が自分の自己紹介だと思っている。私自身が日々進化し続け、その記録によって自分が(しょーもない部分含めて)ようやく書き留められるのだ。
わたしはこれを、人を面白がらせるためでも、友達を得るためでもなく、自分自身を真面目に記録するために書いている。書く以上は誠実に自分というものと向き合いたいのである。自意識過剰になるのは簡単だ。でも過剰にならずに過大評価も過小評価もせずに自分を捉えるのはすごく難しい。
gogglesによると六本木ヒルズで昼飯を食うと千円以上するのはザラらしい。私なら(例え仕事ではなく遊びに行くだけでも)迷わず弁当を作って持っていくが、それにしてもどんなトコロなんだろう、六本木ヒルズ。それ以前に六本木(←六本木自体にも一回しか行ったことない)
私「まりんちゃん、ここが六本木ヒルズダスよー!」 (何故か流行りものを前にすると「いなかっぺ大将」口調になる)
まりん「バブー!」
私「お弁当、食べるダスよー、まりんは離乳食」
そういえば、お台場ドライブの帰り道田園調布を通ったのであるが、初めて見る田園調布に弁当屋とかを発見して愕然とした。全く予想と違う。もっと神戸の山の手みたいに豪邸がバンバン立ち並んでるかと思ってたのに… そして大型犬や各種珍獣を散歩させる人がウロウロしてて、外車が一杯で、千円ショップ(百円ショップと同じモノが全部一個千円で売っている)があって、奥様方が「千円だと思うとつい買いすぎちゃうのよね」てな会話をしながらお買い物をしている筈だったのだが…
May 21, 2003
昨日は有給をとったダンナとまりんと共にお台場に行った。後から聞いた話によると、お台場にはベビー用品や服もいっぱい売ってたらしいが、私が行ったのは休職中の職場に挨拶に行くためである。私の勤め先はお台場にあるのだ。
思えば就職してから、オフィス街ではなく、僻地もしくは観光地で働く機会が多かった。お台場はその最たるもので、夏休みは通勤経路も観光客で激混みの毎日だったなあ。
ところで、お台場、嫌いかと言われるとそうでもない。ヴィーナスフォートは息苦しくて「今火事とか地震になったらどうしよう」と人を不安にさせるような建物(窓や非常口が少なく、閉塞感がある)なのでどうしても好きになれないけど、他のモールや施設は(船の科学館も)郊外のような、都会のような海辺の雰囲気はかなり好きである。まだフジテレビの建物には足を踏み入れたことはないけどね。
May 19, 2003
偶然発見したプチよしなし(実は「そこはか通信」という私のよく知っていた筈のサイト)で、私がここに書いていた「YAWARAちゃん」「龍之介君」など既に取りあげられていた。別に切り口が違うからいいんだけど、どうかんがえても藤井氏の方が面白いので、これからはなんとなく自重しようと思う。
何を自重しようと思うかというと「ちょっと面白い(気の利いた)コトを言おうとする」態度 である。どうやっても自分より面白いことを考える人がいっぱいいるwebの世界だしなー。おとなしくしようって。
May 16, 2003
「しんだひと、しにかけたひと」とか「ヘビとワニの決闘」(休止の恐れ大らしいケド)とか見る度に、ダンナは「まりんにも日記を与えよう」と言うのだが、まだまりんは6ヶ月。キーボード以前に日本語も一言も理解していないのだ。
いつになったら言葉を話すんだろう。いちばん最初に何を言うんだろう。
イクラちゃんみたいに一生今の「バブー」が続くんだろうか。
何となーく思い出すのが龍之介君 という少年。そう、今から10年以上前に「天才えりちゃん金魚を食べた」 というSF童話を上梓した6歳児竹下龍之介君である。天才六歳児として脚光を浴び、母親が子育ての本を出し、本は映画化もされ、SF大賞まで受賞したはず…
あれから龍之介君の評判はまったく聞かないがどうしているんだろう。本が出たのが1991年だから今は18歳ぐらいの受験期の筈。「恐怖の追跡」でも回答は寄せられていない模様だし。元気で(屈折せず)今もなお天才少年として文筆活動されていることを切に願う。
もう多くの人が指摘してるコトだけど、「このページはリンクフリーです--This page is link free.」 というのは「このページにはリンク(を張っている部分)がない」 という意味であって(参考:sugar-free chewing-gum , Fat free foods) 決して「リンクを自由に張っていいです」という意味にはなりません。日本人同士で理解しあうならまあいいかもしれませんが、だったら英語で書くな。 と思いますね。
(今、この世で一番誤解を招き、相互理解の妨げになるものって実は和製英語だと思うのですが。好き好んでengrish.comにネタ提供することないのにねーっ)
何が言いたいかというとハンガリーの番組(どう見てもネタでやってるし)に抗議してる暇があったら、和製英語是正プログラムとかやったらどうだ、ってコトですね。
ちなみに私のこのページはリンクフリーではありません。This page is not link free.
リンクはご自由にお張りください。So you may have your site linked to mine FREELY.
リンクに許可を取るというムダな手間を省くため(そしてムダなメール予防に)私のメールアドレスはこのページには一切載せていません。私に連絡つけたい人は念を送るか、私のチェックしてる掲示板(ってほとんどないけどね)に書き込むかしてください。書籍掲載希望の編集業の方は(そんな人もいないでしょうが)残念ですが諦めてください。
May 14, 2003
YAWARAちゃん東京・神戸・福岡の3都披露宴計画ってホントかなあ。
お色直し各回3回ずつとして、9着はドレス着るとみた。(十二単とかスリップドレス含)
そこまでやるんだったら新婚旅行も5回ぐらいは行ってほしいよ。
YAWARA嬢は「セクシー写真集」以外にも
「恋愛ハウツー本」「新婚ラブラブ写真集」「映画主演」ぐらいは今年か来年中には軽ーくこなすはず。
ストリーキングとヌーディズムの違いについて、あれからしつこく調べつづけていたら
Streakeramaというストリーキングファンサイト(ヌーディストのファンサイトではない)にそのものずばりの記載があった。
It is sometimes easier to define streaking by what it is not. Streaking is not nudism because nudism usually occurs in accepted areas, and it is something of a lifestyle choice. It's not flashing because usually the flasher is sexually aroused and seeking to create a sexual response in his victim. And streaking is not pornography for the same reason.
(簡訳)
ストリーキングが何では「ない」かを説明することによって定義したほうがわかりやすい。ヌーディズムは普通許可された場所でのみ行われるライフスタイル上の志向であるという点でストリーキングとは異なる。また露出狂は露出が性的な意味を持ち、被害者から性的な反応を引き出すという目的で行われるという点でストリーキングではない。ストリーキングは同様の理由でポルノではない。(訳・ari)
てな感じだそうです。ストリーキングには何のいやらしい意味合いもない、そして許可されていない場所で行われるという性質があれば、たぶん走ったり得意げな表情をしなくてもいいんでしょうねえ。
May 13, 2003
近所の質屋で電子辞書を買った。いままでそんなに携帯用の電子辞書に興味なくて、(仕事ではパソコン使ってるから、辞書インストールしとけばそれですむしね。専門の翻訳には自分でカスタマイズした用語集の方が役に立つし)買おうと思ったこともなかったのだが、入ってる辞書の半端じゃない数にクラっときたのだ。英和辞典が3冊、シソーラス(類語辞典)が3冊、ほかに和英と英英が1冊ずつ、広辞苑や漢和辞典その他の辞書も入っている。全部紙の本で買うより全然安い。
さて、こう聞くと「3冊も英和辞典入ってるって何か意味あるの?」 という気がしませんか?
「1冊で充分なのでは?」と。私も以前はそう思ってましたが、結構英和辞典にも癖があるんで(語源に強いもの、用法が多いもの、訳語が新しいものなどなど)、特に勉強用じゃなくて翻訳で使ってると数冊引き比べたいときってどうしても出てくるもんなんですよ。シソーラスは英和よりもずっと癖が強いので、3冊あっても「もう1、2冊入ってたらなあ」と思うぐらいだし。
ところで、電子辞書というのは、千円台から私の買ったやつ(定価4万5千円だが、買った価格は半額である)まで、ものすごーくバリエーションがあるが、この値段のほとんどは「辞書のライセンス代」 である。つまりいい辞書が沢山入ってるほど高くなり、名もない辞書だと安い。
辞書は金を出せば一万円以上かかったりもするが、オンラインならタダであるぐらい幅が広いものなのだ。というわけで、タダで済むものにお金かけた以上、これから気合いを入れて使いまくるつもりにはしている。
それはヒミッツのデイリーウェブマガジン アタック・ナウ(長げーよ)の中でも、今フィリップ君のデイリーコラムがスゴいことになっていて、目が離せない。モダチョキ時代の「今だから話せる思い出」が今ちょうどクライマックス。何でバンドの人間関係内幕暴露ものって(たとえセックスやドラッグなどスキャンダラスな要素がなくても)面白いんだろう。(BBSでもその話題持ち切りみたいだしね)こういう話って本になったり公表されることって絶対ないんだろうけど、誰もが薄々分かってる世界だからね。
ヌーディストとストリーキングの違いについてwtbwの土屋嬢から、さっそく返答を(しかもweb上で)いただく。ありがとうございます。
あとHOHBUKUROで紹介されていたここも、さりげ無い書き出しですが深いですねー。HOHBUKUROにあった「裸はハレかケか」という解釈も鋭い。ハレ(であって欲しい)のがストリーキング、ケを指向するのがヌーディズムかなあという気がしますが。
ヌーディストはイデオロギー であり、ストリーキングはアート である、という解釈でよろしいのか? 両方とも自己主張だが、要は単にヌーディストが一人で走り回ってるのがストリーキングではない。と。
ストリーキングをしている方の歓喜に満ちた表情からおわかり頂けるように、いつどこで起ころうがすごい「癒し系」事件であるのには間違いない。変な缶コーヒーや女優や音楽とは比べ物にならないような癒し力を持っている。屋上から飛び降りて死のうとしている人も、ストリーキングで説得すればすぐ癒されるような気がする(癒された後で飛び降りるかもしれないが、それはそれで幸せだろう)。
あれは「気××い」だから突き抜けるような解放感があるってことかな。それとも人間は誰もが心の中にどこか「ストリーキング欲」 というものを持っているのだろうか。
昔、「旅路 村でいちばんの首吊りの木」 という映画があって、キャッチコピーが確か「人は誰でも心の中に首吊りの木を持っている」 という、この世の90%以上の人には承服しがたいものでしたが、誰もが心の中に首吊りの木やストリーキング欲を持っているということでまとめちゃってよろしいでしょうか。
May 12, 2003
記事ねつ造&盗用記者ってなんかいいよねー。石器うめた人もそうだけど、「捏造」って言葉にはロマンがある(ほかにロマンを感じる語としては「エセ」「ストリーキング」「でっちあげ」「とんだ災難」などなど)。しかし私も昔から「新聞っていちいち取材して記事書くのって面倒くさいよねー。他の新聞見て書けば(一日遅いけど)手間かけずに作れるのになー」 てなことを考えてたのだが、まさか実践する人がいたとはね。私がやってるweblogだって「他の新聞見てつくる新聞」 の典型みたいなもんなんで、(まあお金は取ってないけど)あんまり憤りは感じないなあ。もちろん、コメントやインタビューをでっちあげられた側にとっては憤懣やるかたない話でしょうが。
この間図書館で借りて「発掘捏造」 読んだけど、これも読みながら手に汗にぎるほど面白かった! 実際に記者がビデオをセットして現場の隠し撮りをするところももちろんですが、「考古学学会にひそかに流れる噂」、「インターネット論文」、「影の協力者」など、端緒から隠し撮りをしようと決めるまでの流れが(学会のタブーなんかに全く無知な)私ですらもドキドキしました。
May 09, 2003
最近平日仕事がない(時々働かされてるけど)のをいいことに、図書館によく行ってる。赤ちゃん連れで図書館や古本屋に行けるなんて思ったことなかったけど、実際にはほとんど目をさまさないし泣かないものなんですねー。
川崎市の図書館は非常に便利で、インターネットで川崎市中の図書館の蔵書の検索と予約ができる。予約した本が空いたら、最寄りの図書館に本を配達してくれて、メールで連絡。取りに行けばすぐ貸してくれる。というわけで、本というものを(勉強の本以外は)全然買わなくなってしまった。洋書まで置いてるしね。川崎に住んでる人だけじゃなくて働いてる人も利用できる筈。
最近読んだ本で相当面白かったのは「モテる技術」かなー。アメリカのモテない男性向けに、どんな外見だろうが女性に(しかも世界一面倒くさそうなアメリカ女性に)モテてモテてしょうがなくなる方法を細かく解説…って聞くだけで面白そう。
あんまり「中身を持った男になれ」的な綺麗事は書いてなくて、やたら実践的なのも面白い。女性との出会いがある意外な場として「ヨガ教室」「料理教室」「自己啓発セミナー」 女性に振ってはいけない話題として「スタートレック」 「連続殺人鬼」などが揚げられてるのも。(私はスタトレ好きなんだが…日本ならガンダムとかだろうか。でもガンダム好き女性も結構多いよね)
私は常々「もし自分が男性なら、女にモテてモテてしょうがなかっただろうなー」と思ってるが、この本を読んでやっぱり私は(男としては)どっちかといえば「モテる側」だというのがわかりました(自分に自信があり、ライフスタイルが確立しており、特にコミュニケーション能力に自信がある)しかーし、この本に書いてるほど涙ぐましい努力をする根気はない! 男じゃなくて良かったよー。
巨大なクマの縫いぐるみを持ち歩く、とにかく一杯いろんな女に声をかけまくる(好みじゃなくても)、行きつけの店を作って常連になる、デートの前には部屋の掃除、ロマンチックな質問(決して「乳輪の色は?」とかではない)の準備、部屋の明かりをロウソクにする(火事が怖いな)、どれもできそうなことではあるがプレイボーイ(それもヒュー・ヘフナー風 な)になることが人生の主目的じゃないかぎり、ここまで徹底したエネルギーは費やせないかも。この間ダンナが借りてきてた電気グルーヴのCDにあった曲「モテたくて」というのを何となく思い出します(特に「部屋でマンガ読んでちゃダメっすかね〜」 というフレーズ)
にもかかわらず、こういうハウツー恋愛ものって(男性向きでも女性向きでも)どうしてこんなに面白いんだろう。たぶん私が経験したことがない世界だからだろうなー。
May 08, 2003
酷兒(Qoo)といえば、今や日本国内よりも東アジア全域の人気のほうが上回るキャラクターである。(このへんに若干紹介アリ)
台湾では、酷兒がレギュラー出演するTV番組「酷酷小幇手」まであるらしいんだけど、この手の台湾ページのいいトコロは、書いてあることが簡単に読めるところですね。お歌のお兄さんの自己紹介「星座:獅子座 年齢:?(封外永遠宣誓18歳)」(←漢字は私が日本式に直したが)なんて何いいたいかよくわかるし。
おまけ。台湾日本キャラクター事情など。サンリオとかだろうとタカをくくってたらブライスとか出てきてびっくりするよ。
May 07, 2003
Trash Memoで土屋嬢が言及しておられた関心空間の居心地の悪さってなんとなーく、分かる。あれは逆2ちゃんねるって言うか、ケンカしたり人のセンスをあげつらったりしにくい仕組みになってるよねー。善意の人だけが生き残れるつーか。(だからこそあの仕組み考えだした人凄いと思うんだけど)しかしネット上の諍いに疲れた人にとってはお互いを無限に褒めあい認めあう性善説空間が気持ちいいんだろうってのも分かる。モノの分かった大人はモノの分かった大人同士で話したいよね。
で、私は…と聞かれると、善意の人だろうが悪意の人だろうが、ウザい人が嫌いだ。(当たり前だけどね) いい人がうっとおしいか、悪い人がうっとおしいか、と問われると、どっちにも同じぐら沢山いいるんである。
blogが善人のたまり場になるのか悪人のたまり場になるのか、うっとおしい人が多いのか少ないのか、わからない。わからないけれど、私は自分で作りたいサイト(? 世界かなー)があって、それを準備するためにこのツールを使ってるだけなので、人様のweblogを参照しようという気がもともとないのだ。私が引用する人のサイトって今のところwtbwとHOHBUKUROぐらいしかないけど、別にソコしか見てないわけではない(この二つの主催者とはずいぶん昔からの知人)。ないけど、そこまでして自分のテリトリーを広げなくていいかなーと思ってるので、今後もひょっとしたら積極的にweblogコミュニティーに参加したり、ましては何か貢献したりすることはないかもしれない。
読む人もこれ以上増えなくていいし(減るのはまあかまわないけど)、自分の書いた文章にレスやコメントもつけてほしくないし、自分の尊敬している人以外からメールも貰いたくはない(ただでさえ↓こんなメールが山のようにくるのだ)
人嫌いな気分になってこんなコト書いてると思わないで下さい。人は好きだし、実際の自分は協調性と社会性の塊だけど、オンラインで人と仲良くしてる時間がもったいないんですよ、私にとっては。
容易に想像がつく事だとは思われますが、ミニコミ作りって自己主張がやたら強いというか、この社会に対して、あるいはマスメディアに対して、若者文化に対して、何か不満(悪い言い方だと恨み辛み)があるような人が多いわけです。
で、そういう人が多いのは承知しているが、私は全然まったくそうじゃない派なのだ。はるか昔にロフトプラスワンとかで一度トークをしたことがあったが、やってみて「何も主張するべきものがない人にはトークは根本的にむいてない(あたりまえ)」ということがよく分かった。(来て下さった方や主宰してくださった方には申し訳なかったが)私はどっちかというとインタビューとかして人の話を聞くほうが好きで向いているかもしれない。
じゃあ何故サイトを作ったりミニコミ的なものを作るのが好きなんだ、と自分に問い掛けてみると「自分にとって面白いと思えるものを作りたい」ということに尽きるのだが、そういう考え方をするところを見ると、やっぱり私はマスメディアに何かしら物足りないものを感じてはいるのだ。今あるものが面白くはないとは確かに感じている。
しかし。私はそれは社会なりメディアが悪いんじゃなくて「私の嗜好が変わってるからなんだろう」とどこかで納得してるので、なかなか自己主張に結びつかない。私があえて主張したいもの、作り上げたいものというのは単純に「ローファイの美学」というものであって、それ以上でも以下でもない。
May 01, 2003
未承諾広告とかコンゴの遺産だの偽ブランドといったヨタのメールは毎日山のように送られてくる。大抵ルール仕分で見ることもなくゴミ箱行きだが、たまーに「末」承諾とタイトルにつけて仕分をかいくぐるものもいる。
が、先日来たダイレクトメールは「おっ」と目を引くほど異色だった。
3億円への一歩
☆∽∽∽∽∽★∽∽∽∽∽☆∽∽∽∽∽★∽∽∽∽∽☆
★保証事業に不況なし・保証に悩んでいる人は、多いから。3千万ぐら
い欲しい人は大多数だから、自分で保証顧問になり、2億、3億、5億9千
万円獲得者に追いつきましょう。
決断と実行は証拠から・証拠は物的証拠・嘘つきません・騙されたくない
人は証拠を!
★∽∽∽∽∽☆∽∽∽∽∽★∽∽∽∽∽☆∽∽∽∽★
なんか言いたいことが分かるようなわからないような…
日本語が壊れすぎていて、何が言いたいのかどうしてもわからない。
保証人になれということだろうか。それにしては「証拠は物的証拠」って何?
「騙されたくない人は証拠を!」の「!」ってどういう意味だ??
文面はダラダラと長く、しかも同じように日本語の文法がどうにもおかしいので
何がなんだかどうしてもわからない。「3千万円ぐらい欲しい人は大多数だから」ってのも合ってるのか間違ってるのかわからないし…
今からでも遅くありません!!
今が絶好のチャンス!不況だから追い風の「保証在宅顧問=店舗不要のコンビニ店のオーナーと同じ」に!証拠確認奨励、証拠無しは事実無しと見て安心の意見多い。
「!」の多用からして訴えかける気力は十分なのだが、いかんせん言葉が全然気持ちに追いついていないとみた。「証拠無しは事実無しと見て安心の意見多い。」ってのは誰の間に多いんだろう。
第一歩として資料請求をしてください。
無料で資料を郵送します。
資料でいろいろな事実と証拠を確認して下さい。
となると、なんか直訳調というか、外人が書いてるのかもと思えてくる。
◎個人、在宅、兼業で、2億円、3億円、5億9千万円の収入者続出証
拠有ります・見せます・何事も騙されたくない為に是非、証拠の確認
と、ここまで読んで(相当かかるが)ようやく、証拠というのが「何億も儲かった証拠」らしいというのがうっすらとわかってくる。(言っておくが、この文章は私がぶった切ったわけではなく、「証拠の確認」でぷっつりと切れているのだ)それにしてもこんなうわずった(日本語の苦手な)人にも儲かるんなら、だれでも儲かるかもしれないとは何となく思えてくる(筈)だ。
ここまで紹介しておいて、肝心の業者名を紹介しないとメールの差し出し人にも怒られるだろう。怒りのメールとか貰ってみたい気もするが。いきなりタイトルが「死にます」とかだったりして。(ちなみにこのメールのタイトルは「未承諾広告*3億円への一歩」で差出人名は「5億9千万円証拠有ビジネス」だった)→ここ。見事に壊れた文章を全文ご堪能ください。保証の負担がかかることはありません。証拠もあります。
